国連特別報告者が「共謀罪法案はプライバシーや表現の自由を制約する懸念」と表明

国連プライバシー権に関する特別報告者のジョセフ・カナタチ(Joseph Cannataci)教授が、日本で現在審議されている共謀罪法案について、プライバシーや表現の自由を制約する懸念があるとする安倍総理宛のレターを17/5/18付で出しました。このレターを公益社団法人自由人権協会が即日要約し、紹介しました。

http://jclu.org/news/kenatacchikannsho/

 

書簡の全文(英文)はこちらからごらんいただけます。

http://www.ohchr.org/Documents/Issues/Privacy/OL_JPN.pdf

 

国連の特別報告者は、表現の自由について昨年デビッド・ケイさんが来日したことが記憶に新しいですが、プライバシーをテーマにした特別報告者は、スノーデン事件を受けて設置された役職です。

今後、6月中旬に開催される国連人権理事会に働きかけを行うため、英国在住の国際人権基準の研究者である藤田早苗さんは再々度ジュネーブを訪問される予定です。

以下、藤本美枝弁護士による説明文概要ならびに海渡雄一弁護士による解説です。


藤本美枝弁護士(自由人権協会事務局長)による説明文の要約

懸念の概要

2017.5.19

 

国連プライバシー権に関する特別報告者 ジョセフ・カナタチ氏が、5月18日、共謀罪(テロ等準備罪)に関する法案はプライバシーや表現の自由を制約するおそれがあると懸念を示す書簡を安倍首相宛てに送付しました。

 

書簡では、法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的であり恣意的な適用のおそれがあること、対象となる犯罪が幅広く、テロリズムや組織犯罪と無関係のものを含んでいることを指摘し、いかなる行為が処罰の対象となるかが不明確であり刑罰法規の明確性の原則に照らして問題があるとしています。

 

さらに、プライバシーを守るための仕組みが欠けているとして、次の5つの懸念事項を挙げています。

1 創設される共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるが、プライバシーを守るための適切な仕組みを設けることは想定されていない。

2 監視活動に対する令状主義の強化も予定されていないようである。

3 ナショナル・セキュリティのために行われる監視活動を事前に許可するための独立した機関を設置することが想定されていない

4 法執行機関や諜報機関の活動がプライバシーを不当に制約しないことの監督について懸念がある。

例えば、警察がGPS捜査や電子機器の使用のモニタリングをするために裁判所の許可を求める際の司法の監督

の質について懸念がある。

5 特に日本では、裁判所が令状発付請求を認める件数が圧倒的に多いとのことであり、新しい法案が、警察が情報収集のために令状を得る機会を広げることにより、プライバシーに与える影響を懸念する。

 

書簡の全文はこちらからごらんいただけます。

http://www.ohchr.org/Documents/Issues/Privacy/OL_JPN.pdf

 

*特別報告者は、国連の人権理事会によって、特定の問題について調査し報告するために個人の資格で

任命される独立の専門家です。ジョセフ・カナタチ氏はIT法の専門家で、2015年7月に初めてのプライバシー権に関する特別報告者に任命されました。

http://www.ohchr.org/EN/Issues/Privacy/SR/Pages/SRPrivacyIndex.aspx

 

参考:公益社団法人自由人権協会の当該記事
http://jclu.org/news/kenatacchikannsho/

 


海渡雄一弁護士による解説と全文訳

2017.5.20
国連プライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・カナタチ氏による日本政府に対する質問状について(解説)

           海渡 雄一(共謀罪NO!実行委員会)

国連プライバシー権に関する特別報告者であるジョセフ・カナタチ氏が、5月18日、共謀罪(テロ等準備罪)に関する法案はプライバシー権と表現の自由を制約するおそれがあるとして深刻な懸念を表明する書簡を安倍首相宛てに送付し、国連のウェブページで公表した。
書簡の全文は次のところで閲覧できる。
http://www.ohchr.org/Documents/Issues/Privacy/OL_JPN.pdf
書簡では、法案の「計画」や「準備行為」、「組織的犯罪集団」の文言があいまいで、恣意的な適用のおそれがあること、対象となる277の犯罪が広範で、テロリズムや組織犯罪と無関係の犯罪を多く含んでいることを指摘し、いかなる行為が処罰の対象となるかが不明確であり刑罰法規の明確性の原則に照らして問題があるとしている。
 さらに、共謀罪の制定が監視を強めることになることを指摘し、日本の法制度において、プライバシーを守るための法的な仕組み、監視捜査に対する令状主義の強化や、ナショナル・セキュリティのために行われる監視活動を事前に許可するための独立した機関の設置など想定されていないことを指摘している。また、我が国の裁判所が、警察の捜査に対する監督として十分機能していないとの事実認識を示している。
 そのうえで、政府に対して、法案とその審議に関する情報の提供を求め、さらに要望があれば、国連から法案の改善のために専門家を派遣する用意があることまで表明している。
 日本政府は、この書簡に答えなければならない。
 また、日本政府は、これまで共謀罪法案を制定する根拠として国連越境組織犯罪防止条約の批准のためとしてきた。同じ国連の人権理事会が選任した専門家から、人権高等弁務官事務所を介して、国会審議中の法案について、疑問が提起され、見直しが促されたことは極めて重要である。
日本政府は、23日にも衆議院で法案を採決する予定と伝えられるが、まず国連からの質問に答え、協議を開始し、そのため衆議院における法案の採決を棚上げにするべきである。そして、国連との対話を通じて、法案の策定作業を一からやり直すべきである。

 

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プライバシーに関する権利の国連特別報告者ジョセフ・カナタチ氏が共謀罪法案について安倍内閣総理大臣宛に送付した書簡全体の翻訳

          翻訳担当 弁護士 海渡雄一・木下徹郎・小川隆太郎
         (質問部分の翻訳で藤本美枝弁護士の要約翻訳を参照した)

 

国連人権高等弁務官事務所
パレスデナシオンズ・1211ジェネバ10、スイス
TEL:+ 41229179359 / +41229179543・FAX:+4122 917 9008・E-Mail:srprivacy@ohchr.org

プライバシーに関する権利に関する特別報告者のマンデート

参照番号JPN 3/2017

 

2017年5月18日

内閣総理大臣 閣下

 

私は、人権理事会の決議28/16に基づき、プライバシーに関する権利の特別報告者としての私の権限の範囲において、このお手紙を送ります。

 これに関連して、組織犯罪処罰法の一部を改正するために提案された法案、いわゆる「共謀罪」法案に関し入手した情報について、閣下の政府にお伝え申し上げたいと思います。もし法案が法律として採択された場合、法律の広範な適用範囲によって、プライバシーに関する権利と表現の自由への過度の制限につながる可能性があります。

 入手した情報によりますと次の事実が認められます:

 組織的犯罪処罰法の一部を改正する法案、いわゆる共謀罪法案が2017年3月21日に日本政府によって国会に提出されました。

改正案は、組織的犯罪処罰法第6条(組織的な殺人等の予備)の範囲を大幅に拡大することを提案したとされています。
手持ちの改正案の翻訳によると、新しい条文は次のようになります:

6条
(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)
次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ) の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

安倍晋三首相 閣下
内閣官房、日本政府

 さらにこの改正案によって、「別表4」で新たに277種類の犯罪の共謀罪が処罰の対象に加わることになりました。これほどに法律の重要な部分が別表に委ねられているために、市民や専門家にとって法の適用の実際の範囲を理解することが一層困難であることが懸念がされています。

 加えて、別表4は、森林保護区域内の林業製品の盗難を処罰する森林法第198条や、許可を受けないで重要な文化財を輸出したり破壊したりすることを禁ずる文化財保護法第193条、195条、第196条、著作権侵害を禁ずる著作権法119条など、組織犯罪やテロリズムとは全く関連性のないように見える犯罪に対しても新法が適用されることを認めています。

新法案は、国内法を「国境を越えた組織犯罪に関する国連条約」に適合させ、テロとの戦いに取り組む国際社会を支援することを目的として提出されたとされます。しかし、この追加立法の適切性と必要性については疑問があります。

政府は、新法案に基づき捜査される対象は、「テロ集団を含む組織的犯罪集団」が現実的に関与すると予想される犯罪に限定されると主張しています。
 しかし、「組織的犯罪集団」の定義は漠然としており、テロ組織に明らかに限定されているとはいえません。
新たな法案の適用範囲が広い点に疑問が呈されていることに対して、政府当局は、新たな法案では捜査を開始するための要件として、対象とされた活動の実行が「計画」されるだけでなく、「準備行為」が行われることを要求していると強調しています。
しかしながら、「計画」の具体的な定義について十分な説明がなく、「準備行為」は法案で禁止される行為の範囲を明確にするにはあまりにも曖昧な概念です。

これに追加すべき懸念としては、そのような「計画」と「準備行動」の存在と範囲を立証するためには、論理的には、起訴された者に対して、起訴に先立ち相当程度の監視が行われることになると想定されます。
このような監視の強化が予測されることから、プライバシーと監視に関する日本の法律に定められている保護及び救済の在り方が問題になります。

 NGO、特に国家安全保障に関する機密性の高い分野で活動するNGOの業務に及ぼす法律の潜在的影響についても懸念されています。政府は、法律の適用がこの分野に影響を及ぼすことがないと繰り返しているようです。
しかし、「組織的犯罪集団」の定義の曖昧さが、例えば国益に反する活動を行っていると考えられるNGOに対する監視などを正当化する口実を作り出す可能性があるとも言われています。

 最後に、法律原案の起草に関する透明性の欠如と、今月中に法案を採択さえようとする政府の圧力によって、十分な国民的議論の促進が損なわれているということが報告で強調されています。

 提案された法案は、広範な適用がされる可能性があることから、現状で、また他の法律と組み合わせてプライバシーに関する権利およびその他の基本的な国民の自由の行使に影響を及ぼすという深刻な懸念が示されています。
とりわけ私は、何が「計画」や「準備行為」を構成するのかという点について曖昧な定義になっていること、および法案別表は明らかにテロリズムや組織犯罪とは無関係な過度に広範な犯罪を含んでいるために法が恣意的に適用される危険を懸念します。

法的明確性の原則は、刑事的責任が法律の明確かつ正確な規定により限定されなければならないことを求め、もって何が法律で禁止される行為なのかについて合理的に認識できるようにし、不必要に禁止される行為の範囲が広がらないようにしています。現在の「共謀罪法案」は、抽象的かつ主観的な概念が極めて広く解釈され、法的な不透明性をもたらすことから、この原則に適合しているようには見えません。

プライバシーに関する権利は、この法律の幅広い適用の可能性によって特に影響を受けるように見えます。更なる懸念は、法案を押し通すために早められているとされる立法過程が、人権に悪影響を及ぼす可能性がある点です。立法が急がれることで、この重要な問題についての広範な国民的議論を不当に制限することになります。
 マンデートは、特にプライバシー関連の保護と救済につき、以下の5点に着目します。

1 現時点の法案の分析によれば、新法に抵触する行為の存在を明らかにするためには監視を増強することになる中にあって、適切なプライバシー保護策を新たに導入する具体的条文や規定が新法やこれに付随する措置にはないと考えられます。

2 公開されている情報の範囲では、監視に対する事前の令状主義を強化することも何ら予定されていないようです。

3 国家安全保障を目的として行われる監視活動の実施を事前に許可するための独立した第三者機関を法令に基づき設置することも想定されていないようです。このような重要なチェック機関を設立するかどうかは、監視活動を実施する個別の機関の裁量に委ねられることになると思われます。

4 更に、捜査当局や安全保障機関、諜報機関の活動の監督について懸念があります。すなわちこれらの機関の活動が適法であるか、または必要でも相当でもない手段によりプライバシーに関する権利を侵害する程度についての監督です。この懸念の中には、警察がGPS捜査や電子機器の使用の監視などの捜査のために監視の許可を求めてきた際の裁判所による監督と検証の質という問題が含まれます。

5 嫌疑のかかっている個人の情報を捜索するための令状を警察が求める広範な機会を与えることになることから、新法の適用はプライバシーに関する権利に悪影響を及ぼすことが特に懸念されます。入手した情報によると、日本の裁判所はこれまで極めて容易に令状を発付するようです。2015年に行われた通信傍受令状請求のほとんどが認められたようです(数字によれば、却下された令状請求はわずか3%以下に留まります。)

私は、提案されている法改正及びその潜在的な日本におけるプライバシーに関する権利への影響に関する情報の正確性について早まった判断をするつもりはありません。ただ、閣下の政府に対しては、日本が1978年に批准した自由権規約(ICCPR)17条1項によって保障されているプライバシーに関する権利に関して国家が負っている義務を指摘させてください。
自由権規約第17条第1項は、とりわけ個人のプライバシーと通信に関する恣意的または違法な干渉から保護される権利を認め、誰もがそのような干渉から保護される権利を有することを規定しています。
さらに、国連総会決議A/RES/71/199も指摘いたします。そこでは「公共の安全に関する懸念は、機密情報の収集と保護を正当化するかもしれないが、国家は、国際人権法に基づいて負う義務の完全な履行を確保しなければならない」とされています。

人権理事会から与えられた権限のもと、私は担当事件の全てについて事実を解明する職責を有しております。つきましては、以下の諸点につき回答いただけますと幸いです。

1.上記の各主張の正確性に関して、追加情報および/または見解をお聞かせください。

2.「組織犯罪の処罰及び犯罪収入の管理に関する法律」の改正法案の審議状況について情報を提供して下さい。

3.国際人権法の規範および基準と法案との整合性に関して情報を提供してください。

4.法案の審議に関して公的な意見参加の機会について、市民社会の代表者が法案を検討し意見を述べる機会があるかどうかを含め、その詳細を提供してください。

要請があれば、国際法秩序と適合するように、日本の現在審議中の法案及びその他の既存の法律を改善するために、日本政府を支援するための専門知識と助言を提供することを慎んでお請け致します。

最後に、法案に関して既に立法過程が相当進んでいることに照らして、これは即時の公衆の注意を必要とする事項だと考えます。したがって、閣下の政府に対し、この書簡が一般に公開され、プライバシーに関する権の特別報告者のマンデートのウェブサイトに掲載されること、また私の懸念を説明し、問題となっている点を明らかにするために閣下の政府と連絡を取ってきたことを明らかにするプレスリリースを準備していますことをお知らせいたします。

閣下の政府の回答も、上記ウェブサイトに掲載され、人権理事会の検討のために提出される報告書に掲載いたします。

閣下に最大の敬意を表します。

 

ジョセフ・カナタチ
プライバシーに関する権利の特別報告者

                                                                  画面の背景写真は、ジュネーヴのパレ・ウィルソン


日本の表現の自由を伝える会

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