表現の自由に関する国連特別報告者の日本公式訪問の概略
藤田早苗 (エセックス大学ヒューマンライツ・センター)
表現の自由に関する国連特別報告者、デビッド・ケイ氏が4月12-19日の日本調査訪問を終えた。本稿は日本のジャーナリズムに関する特別報告者の調査結果の概略を紹介し、この調査と調査を身近で手助けしていた数人の個人が監視の対象になっていたことについて述べる。
メディアへの圧力
特別報告者の調査対象の一つはメディアの自由であった。近年、メディアに対する政府の圧力が強まっていることを最近の出来事が示している。例えば2016年2月、高市早苗総務大臣がラジオやテレビが政治的公平性に反する報道を続けるならば、政府は電波停止を命じるかもしれない、と公式に述べた。彼女は政治的公平性など放送事業者が番組の編集にあたり守らなければならない原則を挙げた放送法4条を引用した。また彼女は総務大臣が電波停止を命令できるとする電波法76条も引用した。しかし、法律家はこの条文をメディアが自主的に従うべき「倫理規定」として解釈している。
加えて、政府に批判的であるとして有名な3人のキャスターが2016年3月にそれぞれ降板させられた。政府からの圧力があり、彼らはだれも自ら望んでやめたわけではない、といわれている。批判的なコメンテーターが政府からの圧力によって降板させられたのはこれが初めてではないが、3人のキャスターの同時期の降板と高市発言とは日本のメディアの独立性への重大な危機の印としてとらえられた。海外メディアの多くがこの件について記事を書き、特に日本のメディアが直面している抑圧が確認された。
特別報告者による暫定所見
多くのジャーナリストから聞き取り調査をしたのち、特別報告者はメディアの独立性に危機がある、と警告し、次のように述べた。「多くのジャーナリストが、自身の生活を守るために匿名を条件に私との面会に応じてくれましたが、国民的関心事の扱いの微妙な部分を避けなければならない圧力の存在を浮かび上がらせました。彼らの多くが、有力政治家からの間接的な圧力によって、仕事から外され、沈黙を強いられたと訴えています。」
彼はまた、高市大臣とも面談したいと日本政府に要請したがかなわなかった、と説明した。しかしながら、国会会期中ではあったが毎日午後は調査団と政府との会議に充てられていたので、事前の予告がありながら高市大臣との面談が不可能だったとは信じがたい。
特別報告者はメディア自身に対しても勧告した。日本の記者クラブ制度は特定の報道機関の記者の団体である。記者クラブのある機関はその記者会見をクラブの記者に限定し、フリーランスジャーナリストや雑誌、外国人記者を排除する。特別報告者は、この制度はメディアの独立性に制限を加え、情報へのアクセスを弱体化するとし、記者クラブ制度は廃止すべきだと勧告する。
特別報告者はさらに秘密保護法にも懸念を表明した。政府高官とはよい議論をもてたが、特に何が秘密に指定できるのか、カテゴリーがあいまいで広すぎるという秘密保護法に関する懸念は払しょくされなかったと説明した。秘密指定の広範で曖昧なカテゴリーの問題は、ケイ特別報告者の調査に先立って国連機関で問題視されていた。
秘密保護法は秘密指定できるカテゴリーとして、防衛、外交、テロの防止、特定有害活動の防止をあげている。表現の自由に関する前特別報告者フランク・ラ・ルーと自由権規約委員会の両者ともに、このカテゴリーが極めて広く、特定秘密を公表した場合に課される罰は懸念されるとした。秘密保護法はその25条で、秘密を公表した場合、ジャーナリストとその情報提供者を罰することができるとするが、そのような条文はメディアに萎縮効果をもたらしうる、と指摘した。
ケイ特別報告者も同様の懸念を表明した。政府高官からは、25条をジャーナリストに適用する意図はない、と説明を受けたが、もしそうなら萎縮効果をもたらすいかなる危険性も取り除くように法が改定されるべきだ、と強調した。
特別報告者の勧告には憲法改正案の問題もふくまれた。日本国憲法は21条で表現の自由を保障する。しかし、日本の政権与党である自民党は憲法全体を改正することを意図しており、安倍晋三首相はそのプロセスを2016年7月の総選挙後に始めると述べた。自民党は2012年に自民党憲法改正草案を発表したが、その草案では「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という文言が付け加えられ、表現の自由への制限が加えられている。
特別報告者は、これは自由権規約19条に対する日本の人権義務に違反する、としてこの文言に関して次のように懸念を示した。「“公益及び公の秩序を害することを目的とした活動”というのは極めて広すぎて、表現の自由にそぐわない。この制限は政治的キャンペーンなど、広い範囲の活動を弱める危険性がある。」
特別報告者は、6月23日の人権理事会での報告で暫定所見について短く触れたが、これに対して日本政府が答弁し、日本政府による説明が特別報告者の勧告にきちんと反映されていないのが残念である、と述べた。
調査に対する監視
特別報告者による暫定所見は、日本と海外のメディアそして個人的なブログやソーシャルメディアで取り上げられた。また多くのコメンテーターが自分たちの講演などで引用した。
国連調査の直後の5月21日、日本の雑誌FACTAが、国連調査を身近で手伝っていた数人が政府に監視されていた、とする記事を発表した。リークされたメモを基にこの記事は、内閣官房副長官が、内閣情報調査室などインテリジェンス・コミュニティ部員に、特別報告者の調査を手伝う数人の動向を監視するよう指示した、と説明する。その一人は、東京を基盤にする人権NGOヒューマンライツ・ナウの理事長であり、彼女の問い合わせに対して外務省はこの記事の主張を否定したが、FACTAはこの記事の内容は事実である、と追認した。彼女はFACTAの記者にメモの内容のさらなる情報について問い合わせ、その内容からこれらの数人の個人が政府の密接な監視のもとにあったことを確認した。国連事務総長報告書にはこの日本政府による監視の件が記載されている。もしこの監視が事実なら、それは国家の人権義務に反する。国連調査を監視するということは、加盟国が尊重すべきマナーに明らかに反するものである。
- - - - - - - - - - - - - -
原文
Sanae Fujita “Recap of UN Special Rapporteur on Freedom of Expression’s Mission to Japan”
(5 October 2016)